洛タイ投書箱



継体と一休の研究賞を
2017年 8月 24日


◆…このところ、中世に京田辺薪に住み、ここが終えんの地となった一休和尚の「オトナの一休さん」が話題となっている。これまでも子ども向けの「とんちの一休さん」がマンガ化され、世界的にも有名になった。今度はNHKの製作で、放送界の賞まで受けた作品が数編も上映された。
◆…時は7月29日(土)、きびしい暑さの中で「一休さんシンポジウム」があった。一休寺の江庵に、応募定員の40名はぎっしり。京都や大阪の中年の人たちが多い。これは花園大学国禅研の主催で、司会の芳沢勝弘先生の軽妙に道行され、あっという間の2時間余であった。私も駒沢大学や国文学研究資料館などのアカデミックな学者に交じって、平素の一休への思いの発言をさせていただいた。
◆…スピーカーの人たちの話をはさんでの「オトナの一休さん」の放映にホッとするひととき。これまでも一休については多くの企画があったが、今回のタイトル「オトナの」が、諧謔(かいぎゃく)的で良い。加えて、映像になった一休の肖像がいい。おそらくこれを描いている画人は、一休寺の一休木像を基としているのだろう。一休は写真のない中世の人だから、想像で描くしかない。私もこれまで有名な日本画家をはじめとする一休想像画を集めてきたが、今回の動く一休さんは想像通りの人と思った。
◆…ところで私は一休寺を訪ねるたびに、加賀の前田公が寄進する前の酬恩庵の方丈はどうであったかとか、一休亡き後の庭園をどうするか、佐川田喜六昌俊や松花堂昭乗、石川丈山が首をつくねた庭園への思い、わけても東庭や南庭はこれでよかったのかとか、素人なりの思い入れ。また一休の愛した女人たち――住吉薬師堂から連れ帰った森女は定説だが、70歳代後半の一休がそれまで愛した女人たちの中で、私の思いは、この住吉の森女だと思いつつも、近くの地元の薪(しん)女、または隣村(今の田辺本町)が天神の森村だったので、ここの森女でないかとか、また木津川市加茂の森八幡宮のある森集落の森女など、女人たちがオーバーラップして、思いは複雑であること――を話した。
◆…終わりに私は一つのアイデアを提言した。特に今年は市制20周年にあたる。この現在の平穏無事で鳴かず飛ばずの静かな街を、積極性のある話題ある街にしてはどうか。その一例として、天皇でいま一番人気のあるのが筒城宮居を構えた継体天皇である。継体5年(511年)から7年間続いた伝承地が京田辺にあること。今もって継体の研究書や小説は絶えない。この宮居のあった京田辺が「継体天皇研究賞」を、さらには「一休和尚研究賞」を世界に発信するのである。さきに「一休とんち大賞」もあるが。
◆…こうしたことはすでに宇治市が「紫式部文学賞」を設立して30年近い。また最近、八幡市が「徒然草随筆賞」を出すと発表した。このように良いことはマネをしても良い。すでに行政機関は先進地視察もあるではないか。京田辺市当局も検討されてはどうか。徳川家康の伊賀越通り道も大切だが。
◆…20周年目の今日、「便利でええやん!京田辺」を639点の中から選んでいて「現実的で実利的で良い」という声もある中、「便利なのはすでにわかっている。何を今更、軽い」という声や、市としての品格を求める声もある。いずれにしても20周年。このあたりでこれまでの「原田イズム」の踏襲から脱皮する年とすべきではなかろうか。(京田辺市草内在住・古川章)

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