洛タイ投書箱



挽歌 今道元市長へ
2015年 6月 4日


◆…昭和50年4月、統一地方選の枠組み通り、城陽市でも市長選・市議会議員選挙が行われていた。今道の府議選が終わってひと先ずホッとしていた私の所へ、思いがけないオファーがやって来た。
◆…3期目を目指す島市長に挑戦した西村昭氏の陣営から、選挙のやり方を教えてくれと…。既に告示は過ぎて戦いの真っ最中だった。何故私なのか理解に苦しんだ。2週前の今道選対でエラそうにしていたから目についたんだろうか。内省…。立ち寄った彼に話すと、結構やないか、行ってやれ、行ってやれと高みの見物。何のアドバイスも忠告もない。
◆…私は、西村陣営に15人限定ならと返事して、簡単な資料を作った。次の晩、選対事務所へ赴いて15人に会議後返却を条件に資料を配った。
◆…資料とはごく平易なもので、府議選の今道票を島氏と折半するとして、残りの票は保守・革新のどちらが多いか考えたら、固定票では負けてはいない、負け犬根性は捨てろというのが私の主張だ。
◆…府議選今道の票は1万3千票あまり。そのほとんどは城陽での得票、中道はもとより保守・革新からの票もある。大ざっぱだが半々に割るのが的を得ていると私は考えた。
◆…しゃべっている最中、横からクチバシを入れる奴がいて往生した。この人のバックに誰がいるか分っているだろうと、暗にではなく、明明白白、今道が応援しているように聞こえた。今道はこの選挙、中立を表明していたのだが…。
◆…終って、返却するはずの資料が15部中13部より返ってこない。2部消えた。翌朝から、島陣営は固定票では負けていると引き締めに入ったとうわさに聞いた。何しろ市議選では3、4カ所の選挙事務所をまわって、何処何処は卵焼きとカマボコが出てたが何処はコンニャクとゴンボだけやったと得意気に話す猛者もいた時代だ。しょうがないか。今道は「それが選挙だ」としたり顔。
◆…仕上げは投開票の日。当選の島氏の票は1万5803票、西村氏は1万1860票。選対は「ようけ獲れた」と朝までドンチャン騒ぎ。4千票近くも離されて大健闘とは聞いてあきれる。彼の「今道伝説」でも同じ論調だった。1票差でも負けは負け。選挙の酷薄さを知らない輩はこれだから度し難い。
◆…西村氏の父君は元陸軍将校と記憶している。ご舎弟は自衛隊の前身、警察予備隊に入っていた。反共は家訓のような家柄だが、ご本人は温厚で頭も低かった。後、南部土地改良区の長として地域に貢献されている。今道の市長選初出馬にも応援してくれた。それが私にとっては、せめてもの慰めだったかも知れない。(城陽市寺田・藤村眞澄)

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