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2017年8月17日

TODAY NEWS

核兵器廃絶に「不断の努力」
72回目、終戦の日

宇治市 庁舎前で平和祈念集会



 72回目の「終戦の日」の15日、各地で平和を願う催しが行われた。宇治市では、市役所前で第55回市民平和祈念集会が開かれ、約200人の市民が参加。正午に平和の鐘が鳴り響く中、戦争犠牲者に黙とうを捧げた。

 宇治市の集いは平和都市推進協議会(会長=山本正・宇治市長、15団体で構成)が主催した。
 山本市長は戦争の犠牲者への哀悼の意を表し、平和と繁栄を守り、発展させていくため、不断の努力を傾注する決意をこめてあいさつした。
 7月に国連で採択された核兵器禁止条約により、恒久平和に向けて世界は新しい展開を迎えたとし、「一日も早く地球上から戦争と核兵器をなくすため、様々な事業に取り組みたい」と述べた。
 集いには小中学生平和訪問団として被爆地長崎を訪れた17人の児童生徒も参加し、団員を代表して西村優一君(岡屋小6年)が「核兵器廃絶平和都市宣言」(1987年10月、市議会決議、市告示)を朗読。訪問団団長の服部更紗さん(宇治中1年)、副団長の山本康介君(東宇治中2年)が山本市長、坂下弘親議長と一緒に花輪を「平和の像」に掲げ、参拝者が献花した。



■東京大空襲体験者も初参加

 一般参加者として「平和の像」の前に献花した石田永子さん(75)=宇治池森=は、3歳になったばかりの1945年(昭和20)年に東京大空襲に遭遇した。とりわけ被害の大きかった3月10日未明の大空襲は別名「下町空襲」とも呼ばれ、約10万人が死亡、100万人が家を失った。
 江戸川区で被災した石田さんは、母が炊き出しに奔走したことや、スイトン(水団)と呼ばれた小麦粉をこねた団子汁の記憶がよみがえるという。
 東京大空襲のトラウマから終戦の日の集いに参加することすらためらっていたという石田さん。戦後72年を経た集会への参加に、「被爆体験者とお話もできた。思い切って参加して良かった」と集いの余韻をかみ締めた。【岡本幸一】



■平和の尊さ 改めて感じ
 久御山町
 平和祈念集会

 久御山町の平和祈念集会が15日、町役場であった。約130人が、式典や戦争体験談を通じ、恒久平和の気持ちを改めて確認し合った。
 参加者はまず、駐車場にある平和都市宣言記念碑の前に集まった。正午のサイレンが鳴り響く中、戦没者へ全員で黙とうを捧げた。
 続いて、会場を役場1階ロビーに移した。信貴康孝町長は、7月に国連で採択された「核兵器禁止条約」に触れ「日常平和の尊さを改めて認識した」と話した。そのうえで「平和行政をさらに推進していく」と決意を述べた。また、7月24、25日に実施した、広島派遣事業の参加者を代表し、御牧小学校6年の大津聡葉さんがマイクの前に立った。現地で学んだ戦争について説明し「二度と繰り返してはいけない」などと語った。
 引き続き、戦争体験者を招いた「平和の語り」を行った。 語り部は、開拓団として旧満州(中国東北部)へ渡った、湯川一子さん(85)と伊藤匡美さん(82)姉妹。自身の体験や両親、兄弟について、赤裸々に語った。
 湯川さんは長女で、伊藤さんは次女。その下に2人の妹がいて、当時は両親と6人で宇治市内に住んでいた。1943(昭和18)年ごろ、勤務先で父が書いた俳句が「反戦思想」とみなされ、父は特高警察に連行された。半年ほどで釈放されたが「このままこの場所に住めない」と、一家で旧満州へ移住することを決意した。
 ささやかながらも穏やかに暮らしていたが、45(昭和20)年8月10日、ソ連侵攻の影響で父が日本軍に強制連行された。その後、避難途中に船が沈没し母を失い、当時4歳だった四女が栄養失調で亡くなった。同行していた大人たちには見捨てられ、病気で弱っていた三女は現地の住民に連れ去られた。
 姉妹2人だけで幾多の激動を乗り越え、ようやく帰国のめどが立ったのは46(昭和21)年の夏。その年の10月、引き上げ船で佐世保に入港し、日本に戻った。その後、父が旧満州から引き上げ、三女も戻ってきたという。
 現在、湯川さんは宇治市伊勢田に、伊藤さんは同市槇島に住んでいる。2人は今でも折に触れて会っているそうだが、数年前に伊藤さんが体調を崩し「自転車に乗れなくなってから、会う回数が減ってしまった」そう。集まった人たちを前に「話したい事、思う事が、まだまだたくさんある。戦争は残酷で、みんな辛い思いをするだけ。平和であり続ける事、戦争をなくす事を目指し、声を上げて」と思いを語った。
 集まった人たちは、深くうなずいたり思いを巡らしながら、壮絶な体験談に耳を傾けていた。【盛川振一郎】



■平和への祈り込め
 京田辺市

 京田辺市では終戦記念日の15日、市役所の「平和の塔」前で参列者が黙とうした。
 「平和の塔」は、現市庁舎ができた20年前の1997年8月9日に建てられたもの。平和への願いを折り鶴に折り込み、京田辺からメッセージがはばたくようにと、折り鶴を形どっている。
 同市平和都市推進協議会会長の奥西伊佐男市議会議長をはじめ、鞍掛孝副市長や山口恭一教育長、市消防本部の北川秀樹消防長ら職員、議員が集まり、1分間の黙とうを行った。
 市では平和を祈念するため、毎年8月の6日、9日、15日に黙とうを実施している。【谷貴生】
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