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2017年 10月 7日
RAKUNAN TIMES

直立でなく前屈みだった
平等院の聖観音菩薩
特別展で公開


 世界遺産の平等院(宇治市宇治蓮華)を管理している塔頭の浄土院(神居文彰住職)にある木造の聖観音菩薩立像(平安後期、座高約1・1b)が、本来は直立姿勢ではなく、左足を一歩前に踏み出した前傾姿勢で、雲座に乗り、阿弥陀如来と共に臨終者を迎えに行く来迎菩薩だった可能性が高まった。修理の過程で風になびく衣や後ろ髪などの痕跡を確認。足元の彫りの特徴などから浮かび上がった。阿弥陀三尊の脇侍(きょうじ)で蓮台を捧げる観音菩薩だった可能性もあるという。10月7日から平等院ミュージアムで開幕する特別展「風はらむ仏―天衣ひるがえるお迎えの菩薩―」(9時〜17時)で公開する。

■風になびく来迎菩薩ほうふつ
 仏像修理で解明
 阿弥陀三尊の脇侍の可能性も

 平等院の聖観音菩薩立像はヒノキ製。製法は一刀彫で彫った像を前後に割って中を空洞にした割矧造(わりはぎづくり)と呼ばれる。
 頭部と右肩先、左肘先は後世の江戸時代に補修され、制作者は不明だが、鳳凰堂を手掛けた仏師定朝の様式による平安後期(11世紀後半〜12世紀前半)に位置づけられるという。
 15年〜17年まで公益財団法人美術院で調査修理を行った結果、現在は蓮華座の上に立ち、左手で未敷(みぶ)蓮華を持っているが、本来は前傾姿勢で雲座の上に立ち、両脇の角度などから両手で蓮台を捧げる姿をした来迎菩薩だった可能性が高くなった。
 阿弥陀三尊で来迎形式の立像は国内でも数少なく、現存最古の来迎菩薩立像の可能性もある。近世の史料には聖観音菩薩立像が「関白頼通卿本尊」と記された記録もあり、「平等院伝来という由来が明確であるので、鳳凰堂との関係など多くの人に見ていただき、様々な検証に期待したい」(神居住職)と話す。
 修理を手掛けた美術院技師の木下成通さん(前研究部長)は「阿弥陀三尊の脇侍の来迎菩薩とすると鳳凰堂内にまつられていた可能性も考えられる。臨終者が西方浄土へ出発した間際の情景を静の阿弥陀仏と動の脇侍の対比で考えると、雲中供養菩薩の並び方も替える必要が出てくる」と話し、修理で浮上した謎の多い菩薩立像に想像力をふくらませる。
 京都国立博物館学芸部の淺湫(あさぬま)毅さん=連携協力室長=は、「前面から風を受けているような表現や、前傾している姿勢と合わせ、本来は雲に乗って飛来する菩薩像であったかと想像される」と指摘。
 「腰を右に入れ、左足を踏み出す姿は、阿弥陀の左脇侍(向かって右に安置する)観音菩薩の可能性があるのではと個人的に想像しています」と話している。
 特別展は来年1月12日(金)まで無休。【岡本幸一】



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