洛南タイムス連載シリーズ


梅原 幹正の
ワールドカップ観戦記


第41回 >>2004/ 2/17
 6月30日朝、釜山のホテルのロビーでツアーコンダクター(TC)が帰国する私達を待っていた。
「おはようございます。試合はいかがでしたか」と聞かれたので、帰国のため、港まで送迎してくれるライトバンに乗り込み、あれやこれやと答えながら、世間話を始めた。
 その中でTCは別にいつものコトさといった口調で「朝のニュースはW杯の話と北朝鮮との銃撃騒動ばかり…。



第40回 >>2004/ 2/17
 忙しすぎる前半が終了し、ハーフタイムに入ると「テーハンミングッ」の熱気に覆われていた時には気付かなかった、肌寒さがカラダを包んだ。
「この試合を、誤審だ誤審だと韓国の躍進にケチをつけている奴等に…。



第39回 >>2004/ 2/15
最初に声を挙げたのは、私の隣に座るカメラ男だった。
「うっわっ〜。これ程早いゴールシーンなんて、いままでなかったんじゃないかい〜」
 いったい誰に喋っているのか。独り言にしてはやたら…。



第38回 >>2004/ 1/22
 6月29日18時40分・気温23度・湿度71l。長袖を着ていた私はそれほどでもなかったが、半袖のTさんは 「寒いですね」 を、繰り返していた。幾度も小雨が舞ったが、本降りにはならなかった…。



第37回 >>2004/ 1/16
 スタジアム側で、円形を成すイベントブースの入口にいる。  4年前にフランスはナントで観戦した日本とクロアチアの試合会場周辺にはこういうイベントブースは設けられていなかったので…。



第36回 >>2003/12/21
 今回、これを書くにあたって、いろいろな本を読んだり、サイトを開いたりしたおかげで、大会期間中は『どうしてだろう』と、疑問に思っていたコト―例えば、98年大会は全試合TV中継されていたのに、02年大会はされなかったのはどうしてかというようなコト―の氷解することもあれば、しないこともあった。  例えば、どうしてあれだけの空席が出来てしまったのかというようなコトは…。



第35回 >>2003/12/17
 韓国版新幹線『セマウル号』は快適だった。揺れもほとんどない。  Tさんは速攻、爆睡をかましてくれている。
 話し相手がいなくなったので、景色を楽しもうにも、釜山駅を出て何分かは地下鉄の車窓のごとく、両側に壁が迫っていて全くつまらなかった…。



第34回 >>2003/07/27
 釜山駅韓国版新幹線セマウル号のプラットフォームは、赤い服を着た人が長蛇の列を成していた。 私とTさんを、2002年W杯63試合目である三位決定戦が行われる韓国第三の都市、大邸まで送る事になる列車の発車時刻は15時30分で、今は15時15分…。



第33回 >>2003/07/19
 階上に偽ブランドショップを有する眼鏡屋の隣、6b道路をひとつ隔てた先にあるW杯グッズを山と売る店にいる。  三位決定戦が行われる、釜山市から130`の彼方にある大邱市までタクシーで行くという、日本代表のユニフォームを身に纏った5人の日本人はすでに去っている…。



第32回 >>2003/06/21
 眼鏡屋の奥まったところにある、金髪女性のヌードカレンダーが貼ってある扉の前にいる。
 ツアーコンダクター(以降TC)が威勢良くそれを開くと、ひと一人が、やっと上り下り出来る大きさの、勾配がきつい階段が現れた…。



第31回 >>2003/06/07
 車は狭苦しい路地裏を、もうこれ以上は、といったところまで進み切り、停車した。  威勢よくライトバンの引戸を開け「さっ、行きましょう」と言うツアーコンダクター(以降TC)を先頭に、我々は、ヒトフタ昔前、昭和30年代の映画に出てくるような、全体を茶系統の色で統一した木造商店が軒を連ねる、幅4〜5bほどの道を歩き出した…。



第30回 >>2003/05/24
 釜山国際フェリーターミナルを出た我々の車が「ガイドは致しませんが…」と言った、やたらに目の大きいツアーコンダクター(以降TC)が「お客様を三ヶ所のお土産屋さんへ寄った後、ホテルにお連れする」と、乾いた笑みを浮かべながら続けた処の、最初の一つに到着したのは、12時になるかならないかという頃だった…。



第29回 >>2003/05/15
  6月29日午前10時、韓国は釜山港国際フェリーターミナルに到着したことを告げるアナウンスが鳴った。定刻どおりだった…。



第28回 >>2003/04/17
 この、我々が乗船している『パンスター号』の目的地である韓国南部の釜山という都市は、日本でいえば大阪にあたるらしい。言葉もソウルの言葉に比べれば、非常に柔らかく、ソウルの言葉を標準語とすれば釜山は関西弁だという。私自信も調べてみると、釜山と大阪両都市は1985年8月6日、友好港提携を結んでいた…。



第27回 >>2003/03/13
 韓国は釜山港行きのフェリーパンスター号は16時、定刻どおり、大阪国際フェリーターミナルの岸壁を離れた。  全長151・58b、総トン数4249d、552人乗りのこの船は、大阪湾口を入り組んだ地形に変えている大小の人工島を避けるため…。



第26回 >>2003/02/19
試合開始僅か2分で日本代表がゴールをあげた。  初めて生で観戦した国際試合でのゴールだった。しかし、全く反対側での出来事であったため、ホテルに帰ってTVのニュースを見るまで、誰がゴールを上げたのかまったく判らなかった…。



第25回 >>2003/01/26
しかしそれでも、モギリにまで警官とは「ちょっとやりすぎではないだろうか」「日本なら警官の数を増やすぐらいのコトで済ますんじゃないだろうか」と思うのは平和ボケが過ぎるからなのかもしれない…。



第24回 >>2003/01/19
 97年11月1日、98仏W杯アジア最終予選韓国―日本が行われたソウルはチャムシルスタジアムにいたモギリは、黒い制服と、腰に警棒という完全装備に身を包んだ警官だった…。



第23回 >>2003/01/14
 試合が行われた11月1日のソウルは少し寒かった。しかし見上げると、韓国にいるのに、日本晴れの青空が広がっていた…。



第22回 >>2003/01/03
 韓国代表がイタリア代表を破った試合は、前にも記したように、会社があるために試合の生中継を見られないからと、90分の試合を40分位に短縮して放送していた特別番組を見ていた私が…。



第21回 >>2003/01/01
 私はJAWOCがHP上で公開している「2002FIFAワールドカップ日本国内チケット販売概要について」という資料をプリントアウトし、それを今も手許においている…。



第20回 >>2002/12/19
 さて、FIFAからスポーツマーケティング業務を請け負っていたISLという会社がW杯開幕の約一年前(2001年3月30日)に負債総額500億円を出して倒産してしまったコトは前回にも触れた…。



第19回 >>2002/12/08
「三位決定戦のチケット、しかし、もういい加減届いてもいいのにな」と、職場で私がTさんの顔を見ながら言うのを見たFさんが…。



第18回 >>2002/11/28
「三位決定戦のチケット、配達されてきましたか」
 会社でFさんに、日本―チュニジア戦のチケットゲットに失敗した日の出来事を話していたトコロへ、私と共に韓国へ三位決定戦を観戦しに行くTさんが、こう声をかけてきたのは…。


第17回 >>2002/11/17
 「いや〜、おまえ、日本人ばかりだったよ」  私が13日文化パルク城陽で挑んでいた日本とチュニジアの試合と同じく長居で行われたイングランドとナイジェリアの試合のチケットを二次販売で当てたという先輩に付いていって…。



第16回 >>2002/11/09
 さて、中山選手の年齢に負けないプレーが観たいと、日本とチュニジアの試合の電話販売が行われた日…。



第15回 >>2002/10/18
 さて、日本がロシアと横浜で対戦し、W杯出場二度目にして成し遂げた初勝利の日は6月9日で、それは日曜日だった…。



第14回 >>2002/10/11
 さて、サウジアラビアがカメルーンに負けた日(6月6日)は、フランスがウルグアイと引き分け、グループリーグ突破が怪しくなった日でもあった…。



第13回 >>2002/9/27
 さて、6月7日朝、チケット電話販売受付時間までの間に、昨日(6月6日)録画しておいた1日の試合をダイジェストで放映している番組を見た…。



第12回 >>2002/9/21
 さて、アホだなと思っていたチケットの取得を代行しますという会社から「三位決定戦のスポンサー枠チケットをご提供できますけれど、如何でしょう」という提案を受けた時…。



第11回 >>2002/9/12
 さて、リダイヤルを繰出している。が、先日(6月5日)よりもはるかにテンションが低い。しかし、それもまあ当然であって、昨日は、遂にW杯のチケットが手に入るかもしれないというテンションの高さと、チケット手に入るかもという期待で眠る事が出来ず…。



第10回 >>2002/9/7
 さて、結局遅刻した会社で当然の如くガミガミ言われた私は、FIFAとバイロム社と、その日(02年6月5日)朝から電話した会社に“八つ当たり”をしていたのだが、それはまあいい…。



第9回 >>2002/9/4
 さて、『チケットの購入、代行致します』と記されてますよと、昨晩Tさんから聞いた会社は、AM10時から電話を受付けると記されてあるという…。



第8回 >>2002/8/28
 「えっ、ホントに三位決定戦のチケットが手に入るかもしれないの?」  「ハイ、手に入るかもしれないんですよ。三位決定戦のチケットが…」Tさんは至って冷静な口調で語った…。



第7回 >>2002/8/23
 さて、日本対ベルギーの試合結果が気になって、その日は全く身に入らず、トータルで見てもあんまし意味のなかった授業は150分という長丁場のため、90分経つと休憩に入る…。



第6回 >>2002/8/21
 さて、チケット問題を抱えつつ滑り出したワールドカップにいよいよ日本代表が登場する事になったという頃、私は会社に希望を出し、パソコン教室に通っていた…。



第5回 >>2002/8/10
 さて、フランスはナントにある名前も覚えていないホテルの一室に設けられた苦情窓口にも、2002年日本代表の初戦であるベルギー戦の前日「チケットよこせ」と、チケット受取センターのガラスをメチャクチャにするという“蛮行”をやらかした2人の様に…。



第4回 >>2002/8/6
 さて、照準はガタガタであるものの、考えてみれば、「三位決定戦というのは非常に楽しみなカードを観戦出来るもんだ」と、Tさんがパスポートを取得する日を待っていた…。



第3回 >>2002/8/3
 さて、久に方ぶりに家宝(ジダンが地団駄人形)を地団駄させながら、海の向こうの韓国へ行くにも拘らず「飛行機使ったら高いだろ〜な〜」とあつかましい事をのたまっては、低価格短期間の海外旅行を多数紹介している旅行雑誌で希望にあったコースを捜していたのだが…。



第2回 >>2002/7/18
 さて、チケットはホームページであっさり入手出来るコトが分かった。その気になれば2、3試合を見る事も出来そうだが、残念ながら私はサラリーマンなので、そうやすやすと会社を休めるワケではない…。



第1回 >>2002/7/12
 2002FIFA日韓共催ワールドカップがブラジルの優勝で幕を閉じてから、まだ2週間そこそこしか経っていませんが、世間では、もはや遠い昔のコトの様に語られることが多くなっています。というか、語られなくもなりました。  韓国まで三位決定戦を見に行った私にとってもワールドカップは、世間と同じ様に遠い昔のコトと感じられる時がありながらも、逆に、まったく昨日のコトの様に感じるときもあったりします。



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